「思い出すことなど、など」(第5話)

第5話:

さて、どうにか大学に入学しました。

 大学の入学式の時に、正門で撮った写真がありますが、ブレザー(今はジャケットですかね)姿の、本当の田舎者が映っています(笑い)。

 私は、「史学科」に入学したのですが、史学科研究室は、大学の正門から入って突き当たりの、旧図書館の左側の奥の建物(4号館だったかな)の4階でした。
入学当初は、「歴史研究」の道に進むぞと意気込んでいました。

 しかし、悪の手先はどこにでもいるのですね(笑い)。入学間もないあるとき、正門側のベンチに座っていましたら(当時は、まだ70年安保の余韻が残っていて、立て看などが立っていましたね)、オーケストラ部の勧誘に引っかかってしまいました(笑い)。最初は、「いや、私は勉強したいので、サークル活動はしません。」なんて、真面目な顔で言っていたのですが、勧誘の女性(女性だったのがまずかったですね)に、部室まで連れて行かれました。また、高校と同じ様にトロンボーン一色になるのは、どうかなとも思ったのですが、もともと、嫌いではないですから、結局、その場で入部して、4年間高校と同じ道を辿ることになります(笑い)。

オーケストラは、春と秋の年2回、定期演奏会があるのですが、幸い私は1年の春から、舞台に立つことができました。
金管楽器の部員の中には、私の高校の名前を知っていてくれていた人もいました。(その道では、ちょとした有名校だったのです。笑い)

 練習は、確か週3回程だったと思いますが、私は習慣から毎日、音楽室の側のベランダで、練習していました。何時の時からか、部活動後は、毎回渋谷駅まで、1年生同士(男女5〜6人)ぞろぞろ歩いて、駅の近くのロシア喫茶、名前は『ペチカ』(だったかな)で、お茶を飲む習慣になりました。

こうして、当初の意気込みはどこへやら、『史学科』の研究室からは、少しずつ遠ざかってしまい、前回お話ししたように、高校と同じ轍を踏むことになりました。(笑い)

それでは、今日はここまで。

*「格言」

お前の残された人生を他人事に浪費してはならない。

ーマルクス・アウレリウス(ローマの五賢帝の一人)『自省録』Ⅲ 4.