ヘロドトス/松平千秋訳『歴史』(上)岩波文庫

はじめに

今回、教え子たちとヘロドトス/松平千秋訳『歴史』(岩波文庫)を読む機会に恵まれました。

ここに、参加者の便宜のために新たに簡単な補足説明の頁を設けました。

第1巻から読書会に合わせて少しずつ進めていければと思っています。

また、参加者以外でも、ヘロドトスに興味のある方がいれば、『歴史』を読む際にでも一瞥して頂ければ幸いです。

なお、地図に関しては、古曳正夫『読書地図帳 ヘロドトス「歴史」』東海大学出版会(2009)の地図を借用しています。

例えば、ハリカルナッソス(現ボドルム)の場合は下記の地図の〔I-Ab2〕と記しています。


肖像(本文の挿絵)

ヘロドトス
(前4世紀前半頃に作られたものの模造:ニューヨーク、メトロポリタン博物館蔵)

・「HISTORIAE(歴史)」は、後世の命名

・「歴史の父」(キケロ『法律について』1.1.5:pater historiae)

・イオニア方言で執筆
 イオニア・アッティカ方言=東方方言群 
 ドーリス方言(スパルタ)=西方方言群
イオニア方言
 地図(桜井、55頁より)

生涯

伝承上は前484年頃生まれ420年(または430年)頃没

(没年はペロポネソス戦争<前431年〜前404年>の記述から推測)

系図(名望家)

 父:リュクセス(カリア系)
 母:ドリュオor ロイオ(ギリシア系)
 弟:テオドトス
 従兄弟(あるいは叔父):パニュアッシス(叙事詩人)

生誕の地〜旅〜死

カリア地方ハリカルナッソス(現:ボドルム〔I-Ab2〕)生まれ。
(ハリカルナッソスは、前10世紀頃にギリシア人が本土から移住してきて定住したイオニア地方のほぼ南端に位置しています)

また、アリストテレス『弁論術』3.9には、本書の冒頭ハリカルナッソス出身が、トゥリオイ〔I-Aa2〕出身と記述されています。
(写本は一致してハリカルナッソスの読みを採用していますが、「トゥリオイ出身の」の読みを本来のものとする学者も少なくありません。なお、Budé版はトゥリオイを採用しています。)

―政争(対僭主リュグダミス:バニュアッシス殺害される)の勝利後、市民の妬みを恐れて亡命。

サモス〔I-Eg4〕へ。
 僭主ポリュクラテスの物語(第三巻)
 ペルシア・エジプトなど各地を旅行。

アテネ〔I-Ab2〕へ。
 ペリクレス時代(前443〜29年)の頂点の頃に滞在(第六巻)
 評議会議場での朗読、表彰の逸話
 ソフォクレスとの交友関係の推測

→トゥリオイ〔I-A.a2〕へ移住(アテネの植民市:イタリア:前444年)
 晩年この地で『歴史』を完成か。
 トゥリオイにて没(アテネに戻って亡くなった説)。
 

『歴史』全9巻

(ヘレニズム時代に編纂:アレクサンドリアのムーセイオンにて)
―後3巻(7〜9巻)が最初に書かれており、それぞれの巻に9人のムーサイ(ミューズ:音楽・美術・文芸など芸術の女神)の名称が付されています。

※ヤコビー(1913)は、作品の詳細な分析の結果、前半部のペルシア、エジプトなどの記述と、後半部のペルシア戦争に関する記述の仕方の相違の理由について、成立時期の相違に帰着させています。(桜井40頁より)

○内容

第1巻(クレイオの巻=クリオ歴史の女神)

序説
伝説上の東西の抗争
―イオ神話、エウロペ神話、アルゴー船遠征、トロイア戦争など。
リュディアの歴史とペルシアの興隆

第2巻(エウテルペの巻)

エジプトの地理と民族誌

第3巻(タレイアの巻)

ダレイオス1世の権力掌握

第4巻(メルポメネの巻)

ダレイオスのスキティア遠征

第5巻(テルプシコレの巻)

ペルシアに対するイオニアのギリシア人の反乱

第6巻(エラトの巻)

ペルシの遠征(前490年)―マラトンの戦い

第7巻(ポリュムニアの巻)〜第9巻(カリオペの巻)

クセルクセスのギリシア遠征(前487/79年)

第8巻(ウラニアの巻)

サラミスの海戦

第9巻(カリオペの巻)

プラタイアとミュカレの海戦
結びでは、ペルシ人がもはやギリシアの脅威ではないことが強調されています。

巻一(クレイオの巻)

序文(プロオイミオン)

「以下は、ハリカルナッソス人ヘロドトスの研究(ヒストリエー)の発表である。人間によって生起したことが時の経過とともに忘却されぬために、また偉大なる驚嘆すべき業績、その一方はヘレネスにより、他方はバルバロイによって示されたものであるが、その業績の声誉が消えぬために、とりわけ両者が相互に戦った原因が不明にならないために、これを発表するのである。」
(一巻・冒頭:藤縄16頁)

ギリシア人やバルバロイの果たした偉大な事跡……=ペルシア戦争
(ペルシアに対する危機意識とホメロスを意識)
研究調査=ヒストリア→ヒストリー(歴史)の語源

※ギリシアの歴史叙述は、個人の自発的な企てとして執筆され、広くギリシア人一般に向けて公刊されるものであったから、冒頭の序文で自らの意図を明確に述べるのが普通でした。
その最古の例はヘカタイオスの『系譜』(ゲネエーロギアイ)』(前500年頃)と呼ばれる一種の歴史書の序文。(藤縄15頁)

伝説時代における東西の抗争  (1〜5;以下、数字は節の番号)

1 イオ神話
イオ(アルゴス〔I-A.b2〕の王イナコスの娘:ゼウスの恋人であり、牝牛に姿を変えられてギリシアからエジプトまで各地をさまよった:ボスポロス海峡=牝牛の渡し)神話を史的事実として解釈 。

2 エウロペ神話
エウロペ(テュロス〔I-Ac2〕の王アゲーノールの娘:ゼウス牡牛に身を変じ、彼女を背にクレタへ:「ヨーロッパ」の由来)神話を史的事実として。

2 アルゴー船遠征物語 [#n7842589]
テッサリア〔I-E.c3〕の王子イアソーン、コルキス〔I-Ad1〕の金羊毛を求めてアルゴー船で航海(英雄ヘラクレス、テセウスらアルゴナウタイと)→イアソーン、王女メディアと共に帰還(コリントス
※エウリピデス『メディア』

3 トロイア戦争の原因
トロイア〔イリオス:I-A.b2〕の王子パリス(アレクサンドロス)による、スパルタ〔I-Ab2〕王メネラオスの后ヘレネーの略奪。

※ 東西の女性の地位の相違

リュディア〔I-Bb2〕の歴史 6〜94

7〜25 リュディアの古史(ギュゲスよりクロイソスに至る)

7 ヘラクレス家→メルムナス家(クロイソスの一門)
 ヘラクレスーアルカイオスーベロスーニノスーアグロン(最初のサルデス王)
 ……ミュルソスーカンダウレス(22代最後の王:ギリシア名ミュルシロス)

12 ギュゲス、王権を手中に収める
○アルキロコス(抒情詩人)の詩(イアンボス六脚詩)

「あのギューゲースの黄金を積んだ王の富も有り難くはない。
まだかって嫉妬(やっかみ)などした覚えもなし、
神々のなされることを羨みもせぬ、また高大な王権にも望みはない。
それらはみな、わしの眼からはずっと離れたところにあるもの。」
(呉訳:ディール編 断片22)

「黄金に富むギュゲスのことなど、気になるものか、
妬んだことなど一度もない。神々の為されることをも、
羨みはしない。僭主の大権も欲しくはない。
どれも私の眼から遠く離れているのだ。」(藤縄訳:ウェスト編 断片19)

※歴史上の人物:アッシリア王アッシュルバニパルの業績録に、ル・ウド・ディという国の王グーグと表記されている(藤縄、30頁)。

13 ギュゲス、デルポイ(I-Dc2)の神託を伺い認められ王位に就く。
ただし、デルポイの巫女(ピュティア)、ギュゲスの五代目の後裔(クロイソス)に至って、ヘラクレス家の報復が下る旨付言。

14 ギュゲス、ミレトス〔I-Ba3〕、スミュルナ〔同左〕に進軍。コロポン〔同左〕の市街を占領。

15 二代目アルデュス、プリエネ〔I-Ba3〕を占領、ミレトスに侵攻。

16 三代目サデュアッテス 四代目アリアッテス王位継承。
 アリアッテス、スミュルナ〔I-Ba3〕を占領、クラゾメナイ〔同左〕に侵攻。

17-22 アリアッテスとミレトスとの戦い

23-24 キタラ(竪琴)弾きアリオンの物語。

25 アリアッテス、ミレトスとの和睦、戦い終えた後没。

※サルディスの支配者に関しては、本文399頁、訳註の項にヘラクレス家とメルムナス家の系図が掲載されています。

(2019. 9. 19)

(2020-01-11改)

クロイソス物語(26〜94)

26 アリュアッテスの子クロイソス、父の死後35歳で即位。
 エペソス〔I-Ba3〕を手始めに、イオニア〔I-Ba3〕およびアイオリス〔I-Ba2〕のギリシア都市を征服し、朝貢を強制。

28クロイソス、ハリュス河〔I-B.2〕以西(下部アジア)の住民の大部分を征服。
 クロイソスの支配した諸族:リュデイア人〔I-Bb2-3〕、プルギア人〔I-Ba-d2-3〕、ミュシア人〔I-B2〕、マリアンデュノイ人〔I-Bc-d1〕、カリュベス人〔I-Bf-h1-2〕、パプラゴニア人〔I-Be1〕、テュノイ人〔I-Bb-c1〕、ビテュアニア人〔I-Bc1〕、カリア人〔I-Bb3〕、イオニア人〔I-Ba3〕、ドーリス人〔I-Ba-b3〕、アイオリス人〔I-Ba2〕、パンピュリア人〔I-Bc3-4〕

29-33 クロイソスとソロン
 クロイソスとソロンの会見は、フィクションの可能性大。
 クロイソス即位(前560年頃)
 ソロンの改革(前594年頃)→改革後、外遊の途。

 ・ソロンが表明する最も幸福な人間
 第一位「アテナイのテッロス」
 ①立派なポリスの市民
 ②子供や孫に恵まれていること
 ③適度に裕福であること
 ④名誉の戦死

 第二位「アルゴスのクレオビスとビトンの兄弟」
 ①親孝行
 ②同胞市民の間での顕彰、名誉
 ③多少の財産

画像の説明

(写真:クレオビスとビトンの大理石:高さ2m16cm:前590年頃作:1893,94年デルポイ出土;1988年3月撮影、デルポイ博物館にて)

ソロンの理由を要約すれば、「神は嫉み深いゆえ、幸福な人間でも生涯を終えるところまでを見届けぬ限り、今どれ程富んでいようとも、普通の人間より以上に幸福だとは考えられない」(藤縄、33頁)

ソロンとクロイソスの対話自体は史実ではないにしても、「奢れる者久しからず」という歴史観の一つの範例。東西両文明の相違を示している。(藤縄、41頁)

(2020-01-13)


地図

古曳正夫『読書地図帳 ヘロドトス「歴史」』東海大学出版会(2009)

Ⅰ−A 小アジアからメソポタミア
ⅠA
Ⅰ−B 小アジア
ⅠーB
Ⅰ−C 小アジアから中央アジア
ⅠーC
Ⅰ−D 各地の神託所,アリオンの奇談
ⅠーD
Ⅰ−E エーゲ海①
ⅠーE
Ⅰ−F 西地中海
ⅠーF
Ⅰ−G アッティカ地方
_ⅠーG
Ⅰ−H ヘロドトスの世界
ⅠーH
Ⅰ−I エーゲ海②
ⅠーI


参考文献:

アポロドロス/高津春繁訳『ギリシア神話』岩波文庫
呉茂一訳『ギリシア・ローマ叙情詩選』岩波文庫
桜井万理子『ヘロドトスとトゥキュディデス』山川出版社(2006)
高津春繁『ギリシア・ローマ神話事典』岩波書店(1960)
藤縄謙三『歴史の父ヘロドトス』新潮社(1989)
松平千秋『ホメロスとヘロドトス』筑摩書房(1985)

原典:
ヘロドトスの『歴史』の原典に触れてみたいという人のために、いくつか下記に挙げてみます。

1. C. Hude, Herodoti Historiae, 2vols. (Oxford Classical Texts)
2. N. G. Wilson, Herodoti Historiae, 2vols. (Oxford Classical Texts)
3. A. D. Godley, HERODOTUS, 4 vols.(Loeb Classical Library)
4. Ph. E. Legrand, Hérodote, Histoires,11 vols.(Collection de G. BUDÉ)

1は、岩波文庫の松平訳の底本(旧版)、2は新版(2015年)です。
3はロウブ叢書(英訳:対訳)、4はビュデ版(仏語:対訳)です。

また、インターネットではTLG(Thersaurus Linguae Graecae)で、有料会員となれば、フルテキストが見ることができます。

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