『正岡子規 <ちくま日本文学全集>』

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『正岡子規 <ちくま日本文学全集>』筑摩書房、1992年、478頁、1000円

子規再読。
目次は、以下の通りです。

・病
・夏の夜の音
・飯待つ間
・小園の記
・車上所見
・雲の日記
・夢
・蝶
・酒

・熊手と提灯
・ラムプの影
・明治三十三年十月十五日記事
・死後
・くだもの
・煩悶
・九月十四日の朝

・松蘿玉液(しょうらぎょくえき) 抄
・墨汁一滴(ぼくじゅういってき) 抄
・病牀六尺(びょうしょうろくしゃく) 抄

・歌よみに与うる書

・俳句問答
・古池の句の弁

・短歌
・俳句

・そっぽを向く人……天野祐吉(解説)
・年譜

ここでは、私の興味を引いた内容のいくつかを紹介します。

『小園の記』

我に二十坪の小園あり。

以前、根岸の子規庵(正岡子規旧居)を訪ねて、ブログに掲載しましたが、
ここには小園の図が載せられていて、それぞれの植木の配置が俳句で記されています。
例えば、西側には「枝折れて野わけの後の萩寂し」、南端には「朝顔の垣や上野の山かつら」、東側には「朝顔の花木深しや松の中」など。

また、鴎外からも草花の種を贈られて植えたことなどが記されています。

最後に、「ごてごてと草花植し小庭かな」と結んでいます。(明治三十一年十月)

『松蘿玉液』(明治二十九年四月〜十二月) 抄

ここでは、ベースボールについての説明が傑作です。
子規はベースボールを日本に紹介した人物ですが、ベースボールについて何も知らない人に文章で説明するのは、なかなか大変な仕事です。

○ベースボールに要する物
○ ベースボールの球戯場
ベースボールの球場が図に書かれて説明がされています。
「(い)本基(ホームベース)、(ろ)第一基(ベース)(基を置く)……
(一)攫者(キャッチャー)の位置(攫者の後方に網を張る)、(二)投手(ピッチャー)の位置……。」等と。
投手、打者(ストライカー)、走者(ラナー)などは彼の翻訳です。

○ベースボールの勝負

○ベースボールの球
「ベースボールにはただ一個の球(ボール)あるのみ。しかして、球は常に防者の手にあり。この球こそこの遊技の中心となる者にして球の行くところすなわち球技の中心なり。球は常に動くゆえに球技の中心も常に動く。されば、防者九人の目は舜も球を離るるを許さず。打者走者も球を見ざるべからず。傍観者もまた球に注目せざればついにその要領を得ざるべし。……(未完)」(七月二十三日)

この箇所は、天野祐吉が解説で「言葉の正確さ」の執念について、論じているときに引用しています。
彼はあっけにとられたと書いていますが、本当にこの文章はすごいですね。
このように、野球を説明できる人は他にいないでしょうね。

『墨汁一滴』(明治三十四年一月〜七月) 抄

ここでは、漱石についての記事が面白かったですね。
高等中学の頃、漱石の家(牛込の喜久井町)を訪ねて、二人で散歩した時の話です。
子規は漱石が近くの水田に植えられた苗(稲)の実を、米であることを知らなかったことに驚いています。

「都人士の菽麦(しゅくばく)を弁ぜざる事※1は、往々この類いである。もし、都の人が一疋(ぴき)の人間になろうと云うのは、どうしても一度は雛(ひな)※2住まいをせねばならぬ。」(五月三十日)

※1 豆と麦の区別を知らないこと。転じて身近なことを知らないこと。
※2 ひなびている。いなか。

『病牀六尺』(明治三十五年五月〜九月) 抄

三十八
○ ここに病人あり。体痛みかつ弱りて身動きほとんどできず。
(中略)
いかにして日を暮らすべきか。いかにして日を暮らすべきか。(六月十九日)

百二十七
○芳菲(ほうひ)山人より来書
 (前略)
 俳病の夢みるならんほととぎす拷問などに誰がかけたか (九月十七日)

『病牀六尺』は、この百二十七が最後で、翌々日(明治三十五年九月十九日)に死去しています。

また、なくなる前日の十八日には虚子を呼び、

「をととひの へちまの水も 取らざりき」
「糸瓜(へちま)咲きて 痰(たん)のつまりし 佛(ほとけ)かな」
「痰一斗 糸瓜の水も 間にあはず」の三句をしたためました。

この子規の絶筆三句は、子規庵の庭にその句碑が建立されています。

近代俳句の提唱者、写生文を主張した子規は、その観察眼はもとより『歌よみに与うる書』『再び歌よみに与うる書』に見られる徹底した批判精神に驚いてしまいます。
例えば、「貫之は下手な歌よみにて古今集はくだらぬ集にこれあり候。」(『再び歌よみに与うる書』冒頭)
多くの敵を作ったのではと心配してしまいますが、まあ、本人は、そんなことには無頓着なのでしょうね。
さらに言うまでもなく、病魔に冒されながらも最後まで筆を握っている執念の姿は、本当にすごいの一言です

そして、享年が三十五歳というのですから、なんとも……。

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(2018年5月4日:田端・大龍寺にて撮影)