デモステネス『第十八弁論 冠について(クテシポン擁護)』(試訳)

ー Για τις αναμνήσεις Σουγαγία του ー

※ 底本は、M. R. Dilts, Demosthenis Orationes (Oxford Classical Texts), Tomus I, 2002.
「リバニオスの概説」と「別伝概説」については、旧版S. H. Butcher, Demosthenis Orationes (Oxford Classical Texts), Tomus I, 1903 によって訳出。
(なお、本文中の〔 〕は訳者の補い)

リバニオスの概説

一 ところで、弁論家(デモステネス)は、アテナイ人の為に城壁をもたらした。それは彼らに通常のかつ手作りの壊れにくいしっかりした城壁であった。すなわち、それはポリスへの愛国心かつ弁論に関する巧みさという城壁であった。彼自身が次のように語ったごとく。「私はアテナイを石にてもレンガにても城壁にて囲みはしなかった。むしろ、国家の威力(政治力)によって、またある都市との同盟によって、一方では陸地からの他方では海からの同盟によって。」しかし、それにも関わらず、彼は人工の城壁の為にも少なからずポリスのために貢献した。というのは、城壁が多くの箇所でアテナイ人にとって、ダメージを被った時に、それの修復が決定されたときに、その仕事のために10人の男が選ばれた。各部族から一人、そして彼らは監督世話するだけの負担を請け負った。というのも、支出は国庫からであったから。

二 さてそれで、弁論家もまた、他の人たちと同じように要求された務めだけを遂行するのではなく、そればかりではなく、非の打ち所なくなしとげ、かつお金を家から提出するに及んだ。評議会は、彼に対してその愛国心を称賛し、かつそのやる気に対して金の冠で報いた。というのは、アテネ人は慈善事業家に対する感謝を喜んで表したからである。

三 クテシポン、彼は次の動議を提出した人物であった。すなわち、デモステネスに、時はディオニシオス祭の時に、また場所はそのディオニソス劇場にて、その祭典が集めた人々、全ギリシアの観客の前でデモステネスに対して冠を授けるべしとの動議であった。そして、彼らに向かって、伝令が次のように宣告した。ポリスは、パイアニア区のデモステネスの子、デモステネスにすべての徳ゆえに、またそのポリス自身に対する善行のゆえに冠を与えると。

四 とにかく、すべての点でその名誉は驚くべきものであった。それゆえ、それに対する敵意が起こった。そして、違法提案に対する告発(グラペー・パラノモン)がもたらされた。というのは、デモステネスの政敵であるアイスキネスは、次の理由で違法提案の告発を行った。彼が言うには、デモステネスは、未だ現役の役人であり、かつ審査のための執務報告を行っていない状態である。法は、そのような執務報告義務者に対して冠を与えることを命じてはいない。さらにまた、次のように規定した法を提示した。もし、あるものに対して、アテナイ人の民会が冠を授与するならば、民会にて冠の授与が宣告されるべし、また、他方評議会ならば、評議会場にて行われるべし。他の場所では許されざるべしと。

五 彼は言う。デモステネスに対する称賛は偽りであると。というのは、我らが弁論家は正しい政治的行為を果たさなかった。むしろ、賄賂を受け取り多くの災いをポリスにもたらした張本人であると。そこで、とにかくアイスキネスは、次の順番でその告発を行った。まず第一に、執務報告義務者の法律について、第二に伝令によって布告されたその法について、第三にその国制について語った。アイスキネスは、デモステネスもまた、自分と同じ順序で述べるべきだと要求した。

六 かの弁論家(デモステネス)は、最初、国制問題から取りあげ、そして再びそこに帰り演説を締めくくった。職人芸を行使して。というのは、より強力な議論から始めてまたそれで終わらすべきであったから。中間に諸法についての問題をおいていた。すなわち、執務報告に関する法に関して、対立する見解を提示し、また伝令によって布告されることに関する規定に対しては、別の法を、あるいは法の一部を対立させた。彼が言うところでは、以上の点で、劇場において布告する者は承認されていた。もし、民会あるいは評議会がそのことを決議するならば。

別伝概説

一 アテネ人とテーベ人は、カイロネイア、すなわちボイオティアのポリスにて、ピリッポスに対して戦ったのだが敗北した。そして、支配者となったマケドニア人は、テーベに駐屯軍を置いて、そのポリスを奴隷状態で手に収めた。かくて、アテネ人は同じはめに陥ると考え、彼ら自身に関しては、僭主ピリッポスが未だやって来ないのに期待をかけながら、いつの日か城壁の壊れた部分を修復することを考えた。そして、実際、各部族から城壁修復者の選出が提案された。そこで、六番目の部族パンディオニス部族は、必要のためその弁論家(デモステネス)を選出した。かくのごとき土地に、この建造物を作るのは、国から与えられたものの他に、さらにお金が必要であった。弁論家は、私費にて支払った。そして、そのことを国家に報告しなかった。むしろ、好意からそうした。

二 この起こりは、クテシフォンが、彼は政治家の一人であったが、評議会に彼のそのことについて動議を提案することを行った。デモステネスの子デモステネスは、全生涯ポリスに好意を示し続けたゆえに、また今城壁修復者として不足していたお金を家から供給し、好意を示した。それゆえに、評議会と民会によって、彼に対して金の冠で冠を授与することが決定された。劇場にて、それは悲劇を上演したその劇場にて。〔同様に、時には大衆が新しい劇を見ることを望んで集まった。〕

三 かくて、民会に予備審議案が提出された際、アイスキネスは告発者としてクテシポンの前に立ちはだかった。彼は国政に関して、敵に属していたので。その決議が3つの法に照らして違法であると言って。まず、一つの法は、執務報告者に冠を授与することを禁じていると、エウテュナ(審査)が与えられる前には。また、彼が言うには、まったくデモステネスは、それらを欠いていたばかりか、また、テオリカ(観劇手当)を管理し、かつ城壁修理者の身であった。すなわち、彼は、その名誉を持ち、押さえるべきであった。その身が潔白であると実証されるのが白日の下になるまで。

四 彼はプニュックス、民会にて冠を授与すべしと命じた法を読んだ。劇場にて、デモステネスに冠を(伝令により)布告されるされるのを受け入れる市民らを非難して。第3の法は、彼の生涯に、その政策を審査することで光を与える。というのは、法は命じている。決して偽りの書類をメトローンに入れるべからずと。そこには、また公の書類も存在する。彼が言うには、彼(クテシポン)は、デモステネスに好意及び熱意を証明することで嘘をついていると。というのは、彼は悪意ならびにそれ以上の敵意をポリスに行使したのだから。

五 かくのごとき有効な諸法を手にし、その三つの法を、ある最後の弁論家が敵を倒すがごとく、巧妙な方法で、また、その告発者の熟練さを用いて主張した。というのも、そこで、彼は機会をとらえ、敵に打ち勝つことができたであったろうから。ところが、彼は一方では、他の2つの法、それは執務報告者のそれであり、また一つは、伝令者に対する布告のそれであるが、それを言葉の中心には置かなかった。将軍のやり方らしく、「中心で打つのは良くない」と持っても強い点において、その頂上に用いた。各々からの別のものの腐敗を強調して。

六 それは、言葉を使用することに関してコントロールすることであり、かつ過度に恥知らずに技術を見せびらかさないことであったと思われる。というのは、思うに最初ではその慣習を無視し、他の所では、その慣習を用いている。すなわち、アイスキネスが偽りで動議したところのものについての法を読んだ際に、それに関しては反論を行う弁論家が、皆の前で彼自身の政治指導を持ってくる機会を見つけることになる。その慣習に対して戦うことで、一方、かくのごとき言葉の管理者は、アイスキネスにとっては冒頭で強く、が慣習で、弁論家にとっては正しい。同じ事から、共通の使用は、調査を白日に曝さない。スタシスは動議の行為、それゆえ弁論家については、決議がそれである。

七 さらに、その動議は、ピリッポスの在命時に無視されていたが、アレクサンドロスが統治を引き継いだ際、弁論と裁判が生じた。というのも、ピリッポスが死に、テーベが無謀にも駐屯軍を追い出した際、テーベを見下したアレクサンドロスは徹底的に破壊し、次にその業績から心を別のものに向け、ギリシアから出発し、バルバロイに向かって行進した。そこで、アテナイ人たちは、時節とばかり、ギリシアに悪事をなしたところの裏切り者に裁判を下すことを信じた。そこで、裁判が組織された。


序文(1−8)

1) 

まず第一に「アテナイ人諸君」、私はすべての男神と女神の神々に次のことを祈ります。私〔デモステネス〕がポリスとあなた方すべてのために抱き続けている好意と同じ程の好意を、この裁判にあたってあなた方から私に寄せられるように。次に、それは特にあなた方ならびにあなた方の敬神と評判に関わることなのですが、どのようにあなた方が私の言葉を聞かねばならないかについて相手方〔アイスキネス〕を助言者にしないことを、神々があなた方の心に吹き込むことを。(というのは、とにかくそうであるならば、それは酷いことではありませんか)。

2) 

むしろ、諸法と誓いを、その誓いの中にはすべての法の諸規定に加えて、公平に両者の側から聞くことが書かれていたのですが、その諸法と誓いを〔助言者にすることを祈ります〕。その事は、単にいかなる点でも、前もって判断しないということ、かつ同じ好意を返すことのみならず、訴訟当事者の各人が、自分が望みかつ前もって慎重に選んだままに、その弁明の組み立て方と内容を用いることを許すということなのです。

3) 

とにかく、この私自身はこの裁判に関して、アイスキネスよりか多くの点で不利な状況であります。アテナイ人諸君、特に二つの重大な点がありますが、一つには、私が公平なものをめぐって争っているのではないことです。というのは、今や私にとってあなた方からの好意を失うことと、かの者がその訴訟を勝ち得ないことは、同じ事ではありません。むしろ私にとっては……。私は決して弁論の初めから何一つやっかいなことを言う意図はありませんが、かの者は有利な立場から私を非難しています。第二には、生まれたからにはすべての人に備わっていることなのですが、誹謗や非難を快く聞き、自分自身を褒める人には我慢ならないということがある点です。

4) 

かくして今、これらのうち前者は、喜びになることを彼に与え、また後者は、言ってみればほとんどやっかいなことが私に残りました。そして、もしたとえやっかいなことを警戒して、私自身がなした事をもしも語らないなら、告発されていることから解放され得るとは思わないし、こういうことに基づいて、私が称賛に値することを示すことができないと思います。また、もし私が行ってきたことや、政治活動に参加してきたことについて足を踏み入れたなら、しばしば、私自身について話さざるを得ないでしょう。そこで、私はできるだけ節度を持って、そのことを行うつもりです。問題そのものが必然的に引き起こすものがどんなものであれ、この者〔アイスキネス〕がこの裁判を提起したのだから、責任を負うのが当然であります。

(2021/11/04)

5) 

アテナイ人諸君、私はあなた方すべてが、私とクテシポンにとってこのような裁判は共通のものであることを認めることもありうると思います。またクテシポンに劣らず、私が熱心に対応するに値すると思います。というのは、どんなことでも奪われることは苦痛で耐えられないものですが、特に、敵によって誰かがそのことが起こったならば、とりわけそれら〔あなた方の好意と善意〕を得ることがとても大切なことであるのと同様、なににもまして、あなた方からの好意と善意が奪われることが苦痛で耐えがたいことです。

6)

また、それらについて、この裁判で関わっているので、非難されたことに対する私の弁明に皆さんがすべて同様に、正しく公正に耳を傾けることを望みかつ願います。まさに諸法が命じているように。それらは、ソロンがはじめて制定した法律ですが、彼はあなた方に親切であったし、民衆の友〔デモティコス〕でありましたが、単に法を刻むだけではなく、裁判をする者たちが〔裁判所の〕誓いをなしたことで、必然的に正当な権能を持つことになるだろうと思っていました。

7)

それは、彼があなた方を信じていなかったわけではなく、少なくとも私の見るところでは、むしろ、もし、あなた方陪審員の誰もが、神々への敬神を持たず、後からの演説者〔被告〕の弁論の正しい主張を好意を持って受け入れ、そして、自分自身を両者に対する平等な公正な聞き手となることによって、このようにして、すべてのことについて判定を下すことがないようなら、その非難攻撃と中傷を、原告が先に語ることから強い立場に立っているので、被告にとってそれら〔非難と中傷〕をやり過ごす〔克服する〕ことはできないということを分かっていたからです。

8)

 こういうわけだから、個人的な生き方、思うにすべて、と公に政治を行ってきたことについて、まさに今日申し開きをせんとするに、私は再び神々に呼びかけることを望みます。また、私はあなた方の前で、次のことを〔神々に〕祈ります。まず第一に、私が国家とあなた方すべてに抱き続けてきた好意と同じ程度〔の好意〕を、あなた方からこの裁判に私によせられることを。第二に、公の評判や各人の敬虔に寄与することになること、そのことを知ることを、〔神々が〕あなた方すべてに、この裁判において心の中に置くことを〔心に吹き込むことを〕。

(2021/12/16)

アイスキネスの告発の無関係な議論と違法性について(9-16)

9)

 それでは、もし、アイスキネスが起訴した事柄についてのみ告発を行ったならば、この私も〔クテシポンが告発された〕評議会の予備審議決議自体について直ぐに弁明するでありましょう。しかし、彼は他の事を長々と話し、とても沢山の言葉を費やし、ほとんどは私に対して偽りの証言をおこなったので、アテナイ人諸君、私にはそれらのことについて、二、三最初に語ることが避けられないことであり、また正しきことだと思います。それは、あなた方の誰一人、無関係な弁論に導かれて、告発に関して、正しい主張とは関係のないものとして私の言うことを聞くことのないように。

10)

とにかく、個人的なことについて、彼が私についてどんなにか罵りでもって非難中傷したか、私が簡明に正しいことを述べるのかをご覧下さい。また、もし私が、彼アイスキネスが非難していたようなそのような者であるとわかったなら、(というのは、私はあなた方の前以外の他の場所では暮らしたことがなかったのですから)私の声を我慢することはないし、また、もし私がすべての国事に非常に優れて政治活動を行ったにしてさえも〔がまんすることはないし〕、むしろ、立ち上がって有罪の判決を下しなさい。しかし、もし私がアイスキネスよりもはるかに優れていて、かつ良き生まれであり、私が何一つ気に触ることを言わないのならば、私と私の家族が中流の者より劣っていないことを理解して知っているなら、彼に対しては、他のことに関しても、あなた方は信用してはなりません(というのは、同様に彼がすべてのことを作り上げたことは明らかだから)。私に対しては、以前の多くの裁判の時に、今まで示してくれたその好意を、今私に示してください。

11)

 あなたは性格は悪いのだけれども、アイスキネスよ、私が、行った業績や政治生活についての演説を棚に上げて、あなたからの誹謗中傷に対して向きを変えると考えたのは、君はなんと単純なのでしょう。私はまったくそのようなことを行うつもりはありません(それほど狂ってはいません)。むしろ、私が行った政治活動に関して、あなたが嘘偽りを行い、かつ中傷したところのことについて吟味するつもりです。そして、てんでに自由に行ったその〔祭の行列の時のような〕罵詈雑言については、後ほど、ここにいる陪審員が望むならば言及するでしょう。

(2022/01/01)

12)

 さて、〔彼によって〕告発されたことはたくさんあり、それらの内のいくつかは、諸法が重くかつ最大限の罰を与えますが、現在の裁判のその意図は次の通りです。〔裁判〕は敵からの中傷、傲慢、罵り、かつ非難などを、そのようなものすべてを含んでいて、しかも、その告発や彼によって語られた非難に対して、たとえ、それが事実であったとしても、国家が適切な罰を与えることは不可能ですし、まったく、そんなことはできません。

13)

 というのは、〔議論のために〕民衆の前に出ることや、議論の機会を得る権利が剥奪されてはならないからであり、それも中傷や嫉みの手段としてそれを行うことは〔するべきではありません〕。(また、神かけてそうすることは正しいことではなく、国家に属することでも、公正なことでもあり得ません。アテナイ人諸君よ)。もし、彼が私がポリスに不正を行ったのを見たのならそのそのことに、実際に、それらが、今彼が悲劇風に物語じみて事細かに説明するほどに重大であるなら、その不正が生じた時に諸法の懲罰を用いるべきである。もし、私がエイサンゲリア〔弾劾〕に値するのを行っているのを彼が見たなら、エイサンゲリアを行うことで、そうした手段(やり方)で〔私を〕あなた方の判断に委ねることで、また、違法な法案を提案していると〔見たなら〕、違法提案に対する告発を行うことで。なぜなら、確かに、彼がクテシポンをまさに私を攻撃するために訴えることができるのに、もし、彼が論証できると考えたとしたら、この私を訴えないということはあり得ないだろうから。

(2022/03/04)

14)

 さらに、もし彼が今ここで中傷して、詳細に語っている他の別の何かを、あるいは私があなた方に対して不正を働いていると思われる他のどんなことであれ、もし彼が見出したのなら、すべてのものについては、諸法や刑罰、訴訟と厳しい重大な罰のある裁決が存在しており、彼はそれらすべてを用いることが可能であった。そして、彼がそうしたことをやっているのが明らかになっている場合には、このようにして私に対しての事柄〔関係〕を扱ったとしたならば、〔今の〕告発は彼の〔今までの〕行動と首尾一貫していることになるだろう。

15)

 しかるに、今や、彼はまっすぐな正しき道から外れて、まさに問題が起こったその時直ぐに検討するのを回避して、これほど後の時代に、非難や冗談、誹謗をかき集めて劇を演じている。しかも、彼は一方では私を非難しながら、他方ではかの者〔クテシポン〕を告発している。そして、裁判全体の最前線に私に対する敵意を置いて、その敵意に関して私に立ち向かうことをしないで、別の人の市民権を奪うことを明らかに捜し求めている。

16)

 さらにまた、アテナイ人諸君、クテシポンのために語ることができるすべての他のことに加えて、私にとって、そのことを語ることが大いに適切であると思われます。すなわち、我々の間の敵意については、我々が我々自身の間で吟味をするべきであり、お互いに競い合うことをやめて、我々が何か害を与えることになるような他の人を、誰であっても捜し求めることは〔正しいことではない〕。 なぜなら、それは不正の極みではないか。

「ピロクラテスの講和」とその余波(17〜52)

17)

 というわけで、彼によって告発されたものすべてと同様に、以上のことからも人は、彼が正しくもなくどんな真実にも基づいてなく語っていたと言うことを見てとることが出来るでありましょう。そして、私は、それらの各々を一つずつ精査したいと思います。そして特に、平和〔ピロクラテスの講和〕と使節について、彼が私に嘘偽りを語った限りのものを〔吟味しようと思います〕。それは彼自身の手でピロクラテスと共になし得たところのものであり、私のせいにしたものです。アテナイ人諸君、あの時代に起こった出来事がどのようであったかを思い起こすことが必要であり、おそらく適切なことであります。それは、それにふさわしい時期に照らして、それぞれの出来事を考察するためです。

(2022/03/18)

18) 18-24:ピロクラテスの講和

 というのは、ポキス戦争〔第三次神聖戦争:前356〜346〕が勃発した際に、それは、決して私のせいではないのですが、(なぜなら、この私はその時にはまだ政治活動をしていなかったので)、まず第一に、あなたがた〔陪審員〕は、一方ではポキス人が救われんことを望むような、とはいえ、彼らが正しくないことをしていると見ていながら、他方では、あなたがたはテーベ人たちには、何であれ被害を被っている場合は、大いに喜ぶようなそんな気持ちになっていました。それは彼らに対して怒っていたので、決して理由がないわけでも、また不正ではないのですが。というのは、彼らがレウクトラにて勝利を収めた〔前371年〕その成功を、節度を持って使わなかったからです。次に、全ペロポネソスが分裂していました。ラケダイモン人〔スパルタ人〕に敵意を持つ人たちは、彼らを打ち破るほど強くもなく、また以前かの者たちによって支配者になっていた者も、ポリスの支配者ではありませんでした。そこで、そうした人たちの所〔ペロポネソス〕でも、他のすべての人の所〔ギリシア〕でも、なんらかの決着のつかない紛争と混乱が生じたのでした。

19)

 ピリッポスはその事を見て取って、(というのは、状況は不明ではなかったから)各ポリスの裏切り者にお金を提供することで、すべての人を衝突させ、かつお互いに対して混乱を引き起こしました。次に、他の者たちが間違いを犯し、思慮の無い行動を取っている間に、かの者〔ピリッポス〕は準備ができていて、すべての者たちに対して強力になりました。かっては強力であり今は不運な〔355年:アレクサンドロスによって破壊された〕テーバイ人たちが、戦争の長期化によって苦しんでいるので、あなた方に援助を求めざるを得なくなることが、誰の目にも明らかであったから、ピリッポスはそのようなことにならないように、また諸ポリスが同盟を結ばないように、一方ではあなた方に対して和平を、また他方ではかのもの〔テーバイ人〕たちには援助を申し出ました。

20)

 とにかく、一体、あなたがた、ほとんど進んで騙されようとする人たちを、捕らえることに力があったのは何か?それは、他のギリシア人たちの、卑劣さかあるいは、無知か、あるいはそれら両方を言うべきであろうが、それらです。彼らは、あなた方が絶え間のない長い戦争を戦っている際に、それはすべての人の利益になるためでしたが、それはその事実によって明らかになっていることなのですが、彼らはお金もまた人員も、またすべての物のうちの他の何一つも、あなたがたに援助しませんでした。あなた方は、彼らに対して正当に適切に腹を立てていたので、ピリッポスの提案を進んで受け入れました。それゆえ、一方でその時に締結された和平は、これらのことからの故で、こやつが中傷して言ったような、私の故ではなく実現されました。そして、他方、その和平の時のこやつらの不正や収賄行為が、今の現在おこっている問題の、誰かが正しく調査するならば、原因であることが分かるでしょう。

(2022/04/01)

21)

 まさにそれらのことすべてを、真実のために私は正確な言葉遣いで、詳細に述べています。というのは、もし万一、それらのなかにせいぜい何らかの不正行為があると思われたとしても、それはもちろん、私に関係することでは決してありません。むしろ、最初に講和について語り、言及したのは役者であるアリストデーモスでした。次に彼を引き継ぎ、法案を提出し、彼〔アリストデーモス/アイスキネス?〕と共にそれらのことのために自ら報酬を受けたのは、ハグヌース区のピロクラテスでした。アイスキネスよ、彼はあなたの協力者であり、私の協力者ではありません。たとえ、あなたが嘘をついて仮に破裂しても決してそうではありません。また、一体何のためにそうしたのか、賛同したのは(しかし、さしあたってはそのことは、そのままにしておきますが)エウブーロスとケーピソポーンでした。この私は、一切そうではありません。

22)

 しかしながら、それにもかかわらず、こうしたことはこのようであるにもかかわらず、真実そのものに基づいて、このようであることが示されているにもかかわらず、彼のずうずうしさの程度は、こうしたことにまで至っていました。すなわち、はからずもこの私がその講和についての交渉に責任があるということに加えて、さらにポリスがギリシア人の共通の会議を構成する人と一緒にその事〔講和〕を行うことを私が邪魔したとまであえて言う始末でした。とにかく、おお一体!〔アイスキネスよ〕、あなたを何と言えば、人はあなたを正しく呼びかけることが可能でしょうか?〔あなたに相応しい名前が思いつかない〕。あなたが今、詳しく述べたそれと同じくらい重要なそれ程の重要な交渉〔?有利さ〕と同盟の傍らにいて、私がポリスからそれを奪ったのを目にして、あなたが腹を立てた機会があったでしょうか?あるいは、今ここであなたが非難したところのその事のために、〔民会で演説するために〕前に進んで、〔あなた方に〕教え、かつ詳しく説明した機会がどこにあったでしょうか?〔どこにもその機会はないではありませんか〕

23)

 しかしながら、仮にギリシア人たちの連合を邪魔するために、この私がピリッポスによって金を得たとしても、あなたには沈黙を守ることが残っていたのではなく、むしろ叫び、反論し、まさにそれらのことを明らかにすることが残っていたのです〔するべきだったのです〕。その上、あなたは何一つそのことを行わなかったし、誰一人あなたからそのような声を聞いた者はいませんでした。実際、その時には(前346年)ギリシア人の誰一人〔どのポリス〕に対しても派遣された使節はいなかったですし、むしろ、ずっと前にすべてのギリシア人は〔講和に参加することは〕検証されていたのです。さらに、この者アイスキネスは、それらについて何一つもっともなことを語りませんでした。

(2022/04/15)

24)

 さらに、それらとは別に、彼は嘘をついていることによって、とてもポリス〔アテネ〕の名誉を毀損しています。というのは、もしあなた方がギリシア人に対して、戦争のために呼びかけながら、同時に、そのあなた方自身がピリッポスに対して、講和についての使節を送ったとすれば、それは〔悪名高い〕エウリュバトスの仕事を、それはポリスの仕事〔ふさわしい行為〕でも、高潔な人の仕事でもないのだが、それをあなた方がやったことになります。むしろ、こうしたことは現実ではありませんし、決してそうではありません。何をあなた方は望んで、その時期に、彼ら〔ギリシア人〕を召集したのでしょうか?平和のためでしょうか?いや、それはすべての人にありました。むしろ、戦争のためか?あなた方自身は、講和について審議していました。従って、私が最初の講和〔ピロクラテスの講和〕についての先導者でもないし、責任者でもないことは明らかです。また、彼が私についた他の嘘のどれも、真実ではないことを示しています。

25)  25-30:ピリッポスへの第2次使節団派遣の際の違反行為

 さらに、ポリス〔アテネ〕が〔ピロクラテスの〕講和を採択した〔前346年エラペボリオン月(3月)25日〕以上、あなた方はここで再び我々のそれぞれが、何をするように提案したかを、考えてみて下さい。というのは、以上のことから、あなたがたは、ピリッポスのために徹頭徹尾、彼の側に立って戦ったのは誰であったのかを、また、あなた方のために行動し、ポリスのために利益になることを追求したのが誰であったのかが分かるでしょうから。さらに、この私が評議会の一員として〔前347/6年〕、使節が、ピリッポスがいると聞き知ったならば、その場所にできるだけ早く出航させるよう、彼から〔批准の〕宣誓を受け取ることを提案しました(前346年ムニキオンの月3日〕。しかし、この者たち〔アイスキネスら他の使節たち〕は、私が〔法案〕を提案したにもかかわらず、そうしようとはしませんでした。〔使節はピリッポスの遠征地トラキアではなくペラに派遣される〕

26)

 アテナイ人諸君、そのことは何を意味したのでしょうか?〔なぜ使節は、私の決議を無視したのか?〕私がお教えしましょう。ピリッポスにとっては、その〔講和の〕誓いのその間〔講和が結ばれお互いに誓いがなされ批准されるまでの〕の時が、できるだけ長くなることが利益をもたらしましたし、あなた方にとってはできるだけ短い方が〔利益をもたらしました〕。何のために? なぜならば、それはあなた方が誓った日からばかりではなく、講和が実現するであろうと期待した日〔講和の使節派遣〕からも、戦争のすべての準備を取りやめました。しかし、彼〔ピリッポス〕は、何時の時にも〔講和の提案時から〕ほとんど、そのこと〔アテネが戦争の準備を放棄すること〕を企てていました。その事は全く真実であったのですが、それはポリス〔アテネ〕の持っている内の、彼が誓いのお返しをする前に、前もって獲得できるとするならば、それらすべてを確実に手にすることができると考えてのことでした。というのは、誰一人、そうしたこと〔ピリッポスの獲得〕を理由に、講和を解消するものはいないであろうと考えて。

(2022/04/29)

27)

 アテネ人諸君、この私は以上のことを予見し、考えをめぐらしてかくのごとき決議を動議したのです。すなわち、ピリッポスがいるならばその場所に出航〔使節を派遣〕して、できるだけ早くその宣誓を受け取ることを。それは、あなた方の同盟者であるトラキア人たちが、今アイスキネスが嘲笑した〔3.82〕セリオン、ミュルテノン、エルギスケーという場所をまだ保持している間に、宣誓が行われるためであり、また、かの者〔ピリッポス〕が戦略的に有利な場所を前もって手に入れて、トラキアの主人になることのないためであり、大量の資金と兵士を得ることで、そのことから容易く彼のやり残している仕事に着手することのないためであります。

28)

 驚くことに、彼〔アイスキネス〕は、まったくその決議に言及もしなかったし、読みもしませんでした〔書記に読ませもしませんでした〕。むしろ、私が評議会の一員として〔マケドニア〕使節を〔民会に〕迎入れねばならないと考えたとして、そのことで私を非難しました。しかし、私は何を行うべきであったでしょうか?あなた方と話し合うために、そこにやって来ている彼らを〔民会に〕連れて行かないように、動議するべきであったのか?あるいは、彼らのためにアルキテクトン〔ディオニュソス劇場監督者〕が、席〔プロエドリア:最前列の席(貴賓席)〕を割り当てないように命令するべきだったのか?むしろ、私の動議が提案されなければ、彼らは2オボロスの席〔一般席〕で見ることになったでしょう。この男たち〔アイスキネスら〕のように国家のすべてを売り払った後で、国家のささいな利益を守ることが、私の義務であったのか?まったくそうではありません。どうか今、彼が明らかに知っていながら触れなかったその決議を、〔書記よ〕取りあげて、私に読んで下さい。

(2022/05/26)

29) デモステネスの決議

 ムネシピロスがアルコンの時、ヘカトンバイオンの月30日。パンディオニス部族がプリュタネイスを務める。パイアニア区のデモステネスの子、デモステネスが動議。ピリッポスが、平和について使節を派遣して来て、条約を締結することに同意したので、評議会とアテネ人の民会は次のように決議した。最初の民会にて挙手採決されたその講和が成立するために、直ぐにすべてのアテネ人の内から5人が使節として選出されるべし。挙手で選ばれた者たちは、何を置いても直ぐに、ピリッポスがいると知られたならばそこに旅立つべし。そして、直ぐに彼とアテネ人の民衆の間で同意がなされた条約に基づいて、それには、またお互いの同盟者たちも含んで、彼から宣誓を受け取り〔宣誓を行わせ〕かつ〔宣誓を〕与えるべし。使節として、アナプリュストス区のエウブロス、コトキダイ区のアイスキネス、ラムヌース区のケピソポン、プリュア区のデモクラテス、コトキダイ区のクレオンが選出された。

30)

 その時に、私がこの決議を動議して、ポリスにとって利益となり、ピリッポスにとってはそうではないものを求めたにもかかわらず、ご立派な使節たちはあまり考慮することなく、ピリッポスがトラキアから、それらすべての都市を征服して帰って来るまで、彼らは丸三ヶ月もマケドニアに腰を据えていた。彼らはかの者〔ピリッポス〕がその地を破壊する前に宣誓を受け取ることで、10日間の間に、いや同様に、3日あるいは4日の間にヘレスポントスに到着することができ、その地域を救うことができたのに。というのは、もし我々〔使節〕が、そこにいたならば、彼はそれら〔ポリス〕に手を出さなかったであろうし、あるいは、我々は彼に対して宣誓を求めなかったでしょうし、その結果は、彼は講和を得るのに失敗したでしょうし、講和とその地域を両方とも手に入れなかったでありましょう。

31)31-41第2次使節団の第2の違反行為

 かくて、使節団のもとにおいて、ピリッポスの最初の詐欺行為と、他方そのような不正を行った男たちの最初の収賄行為は、このようなものであった。こうしたことのゆえに、その時も、今も、これからも常に、私がかの者たちに対して戦い、異なるやり方をすると思っています。さらにまた、その後直ぐに起こった別のより大きな不正行為を、あなたがたはよく見てください。

(2022/06/23)

a:242 t:1 y:2